自死遺族の叫び
4月、散りゆく桜と運命を共にするかの様に、ひとつの命の灯火が静かに消えた・・・
慌ただしく斎場の生花の飾りつけをしていた出入りの花屋さんが、最後の生花を飾り終わり、こちらに軽く頭を下げながら、部屋を後にする。
僕は斎場の最後尾の椅子に腰を下ろし、会釈を返しながら、彼らが外に出るのを待った。
ギギギーッ・・・
重い扉が音を立てて締まり、辺りは一瞬にして静寂に包まれる。先程までの喧騒が嘘のように、不気味に静まり返った部屋の中で、僕は見るともなしに天井を見上げた。
この商売をはじめてからというもの、霊という存在のことなど、とうの昔に頭から消えてしまっていたが、今日は何だかそうしたものが、ふとどこかにいるような気がしたのだ。
「さて・・・やるか」
ゆっくりと息を吐く。
祭壇中央に飾られた簡素な棺に目をやりながら、私は自分に言い聞かせるようにつぶやき、重い腰を上げて祭壇に歩み寄る。
暫く手を合わせ故人に祈りを捧げた後、静かにお棺の蓋を外す。中には20代前半の若い女性のご遺体が、静かに横たわっていた。
大好きだったのだろうか。ご遺体を囲むように添えられた、可愛らしいぬいぐるみや、お菓子などのお供え物が、何とも痛々しい。
綺麗に死化粧が施された端正な顔立ちからは、壮絶な最期など微塵も感じさせぬ、気品すら漂っていた。
お棺の中に入れられた写真の中には、一際目を引く美人が、無邪気な笑顔をこちらに向けていた。
僕はひとつ小さなため息をつき、首をそっと横に振りながら、ご遺体の首に巻いてある、ガーゼを取り除いた。そこには薄っすらと、赤いうっ血の跡が残っていた。
納棺師が目立たぬよう処置を施してくれたのだろうか。目を背けるほどの酷い跡は残ってはいなかったが、それでもいつ見てもぞっとさせられる。
僕は丁寧に布団をめくり、ドライアイスを交換し、綺麗にガーゼを巻き直す。
その上から、ガーゼが目立たぬ様、お花屋さんに用意してもらった、花ビラを散りばめ、ゆっくりとお棺の蓋を閉じた。
祭壇中央に飾られた遺影をぼんやりと見つめながら、またいつもと同じことを考えていた。
(何故、自ら命を断たねばならなかったのか!?)
(死ぬ気になれば、何でも出来たはずではないのか!?)
(周りはどうして助けてやれなかったのか!?)
(他に選択肢は無かったのか!?)
(何故?何故?何故?何故?・・・)
とめどなく湧き上がる疑問に、脳が消化不良を起こし、思わず手にした線香を箱ごと握り潰す。手の中でお線香が砕け散り、バラバラと音を立てて床に散らばった。
憤りと切なさと、悲しさとやるせなさの入り混じった目で、いくら遺影に問いかけてみても、その答えは返ってくるはずも無いのだが・・・
そんな自問自答を繰り返しながら、遺影を見つめていると、斎場の扉が静かに開き、案内係が遠慮がちに顔を出す。
「喪主様がいらっしゃいましたが、よろしいですか?」
僕は小さく頷き、喪主様を斎場内に迎え入れる。
娘の訃報を耳にした時から、どれほどの涙を流したのだろうか・・・
真っ赤に泣き腫らした目を必死に見開きながら、喪主を務められる父親は、精一杯気丈に振舞おうとしていらした。
そんな姿を見せられると、逆にこちらが辛くなる。
お線香を手向けたあと、喪主様から妻(故人様から見れば母親)が、娘の葬儀に出席出来なくなった旨を伝えられた。辛い現実を前にして、軽い精神錯乱状態に陥ってしまったとのこと。
親を残して自殺したとはいえ、母親の我が子への愛情が少しでも揺らぐはずなどない。
その精神的ショックたるや、如何ばかりのものか。心中察するに余りある。
「致し方ない。致し方ないことです」
僕は誰にともなしに、力なく呟いた。
娘の葬儀に出席し、血を分けた我が子を送り出すのは想像を絶する程の地獄だ。
だからといって出席せずに、最愛の娘の姿を最後に見ることが出来ないのも、それはそれで耐え難い程の地獄だ。
行くも地獄、戻るも地獄・・・
いずれにせよこれから母親は、娘を助けてやれなかったという、この世の親にとって、最も重く大きな十字架を一生背負って、生きていかねばならない。
これが最大の生き地獄に違いない・・・
考えれば考えるほど、心底気が重くなる。
重苦しい空気に包まれ、まるで時が止まったかのような錯覚さえ覚える斎場内。
お棺の蓋を開け、娘の変わり果てた姿を、寂しそうに見つめる父親の、とても優しげな横顔を、僕は一生忘れることはないであろう。
案内係に一緒に外に出る様に促し、私は静かに会場を後にした。
ギギギーッ。
再び不気味な音を立てて、斎場の扉が閉まる。
斎場内に響く父親のすすり泣きにつられて、斎場の重々しいドアまでもが、早すぎる故人の死に涙している様に思えてならなかった。
もう幾ばくもしないうちに、無慈悲なクロノス(時の神)が、二人を引き裂くべく、再び時計の針を動かし始めるだろう。
慌ただしく時は流れ、父親は2度とこの世で最愛の娘の顔を見ることはない。それまでのわずかな間だけでも、しばし親子だけのお別れをさせてあげよう。
僕に出来るとこといったら、それくらいなのだから。
いや、本当の事を言えば、ただその場から逃げ出したかっただけなのかも知れない。
「出来ることなら代わってやりたかった・・・」
うめき声とも悲鳴ともつかぬ父親の叫び声が、耳にこびり付いて離れない。
それを必死で振り払おうと頭を振りながら、僕はこの場から逃げ出したくなる感情を抑えることが出来なかったのだ。
ただそれだけだ・・・
外に出ると綺麗な夕焼が広がっていた。
深い悲しみの爪痕を残して・・・
彼女の魂は、いったいこの先どこへ向かうのだろうか・・・
それは誰にも分からない・・・
そう、誰にも・・・
最後に・・・
人間と動物の大きな違いの例に「自殺」と「笑い」があるというのを、何処かで聞いたことがある。一部の例外や限定的な事例除いて、動物には殆ど自殺は見られないし、高度な笑いの技術もない(殆どの動物はそもそも笑えないのだろうが)
いつの日か前者がこの世から無くなり、後者で溢れる日が来るとこを、心から願って止まない。
故人様の心よりのご冥福をお祈りして。
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