ある老人の通夜がしめやかに行われていた。
大勢の親族の中で、一際悲しみにひたる人達がいた。喪主を務める故人のご長女さんと、そのお孫さんだった。
通夜が終わり、近しい人間だけで、お柩を囲む。
溢れんばかりのお菓子に囲まれ、安らかな寝顔の故人が横たわる。
喪主さんとお孫さん達が、愛おしそうに故人の顔を撫でる。
そう語りかける私に、喪主様が静かに答える。

涙笑いで答えた喪主さんは、次の瞬間悲しそうに声を落とした。

ボンタンアメ・・・
懐かしい記憶が蘇ってきた。
まだ私が小さかった頃、母親の実家の喜多方(福島県)に帰ると、いつも祖父が大量のボンタンアメを用意していてくれていた。
何故そうなったのかは覚えていない。
母親曰く、【祖父の家の近くの農協で行われていた九州の物産展・・・といってもデパートで行われるようなものに比べたら、月とスッポンくらい違うのだが・・・に行った際に、私がえらく気に入ったから】だそうだ。
口にボンタンアメを入れられた私は、ベビーカーの中で、ひどくご機嫌だったらしい。
こうして物心ついた頃には、いつも大量のボンタンアメが出迎えてくれるようになっていた。
勿論これは大いに歓迎すべきことであった。
これが私にとって母親の田舎に帰る楽しみのひとつになっていたことは、言うまでもない。
その後関東でもそこそこヒットし、随分とお世話になったものだが、ブームが下火になると、徐々に店頭から姿を消し、私の興味も急速に失われていった。
そんな淡い思い出がふと頭をよぎったが、その後慌ただしく動き出した時間に追われ、いつの間にかボンタンアメのことは頭から消えていた。
通夜振る舞いの席は大いに盛り上がり、お開きになったのは21時を少し回ったところだった。
遺族を見送り、会社に帰って翌日の告別式の用意をし、自宅に帰ったのは、23時少し手前だった。
遅い夕食を食べていると、急にボンタンアメのことが思い出された。
何故そう思ったのかは定かではない。
ふと私は探しに行ってみようという思いに駆られた。
気が付くと、私は家を飛び出していた。
時間は夜中の23時30を少し回っている。
ネットではコンビニにも置いてあると書いてあったが、流石に数が多すぎる。シラミつぶしに周るには精神的にも肉体的にもきつい。
私は24時間、或いは夜中2-3時までやっている、スーパーやドンキホーテなどに狙いを絞ることにした。
取り敢えず近隣の店舗に電話をかけてみたが、深夜の電話ということもあってか、どの店舗も営業はしているはずなのに、電話には出ない。
虚しくコール音だけが響く。
やはり直接行くしかない。
実質的に家から無理なく周れる店舗は5軒程度。
それくらいなら何とかなる。
意を決して早速シラミつぶしに周り始めた。
1軒目に訪れたのはドンキホーテ。
探している時間はない。早速店員を捕まえて、聞いてみる。

いきなりビンゴの予感がした。
予感は見事に的中。

拍子抜けするほど、あっさりと答えが返ってくる。
早速売り場に案内してもらう。


店員の声のトーンが明らかに下がる。

その後、無線で仕入れ担当に確認してくれたが、売れ行きがよろしくないため、少し前に仕入れをストップしたらしい。
まだチャンスは有る。
気を取り直して、近くの24時間営業のスーパーに向かう。
結果は空振りだった。
3軒目、4軒目も見事に空振り。
急に不安が募る。
藁をもすがる気持ちで飛び込んだ最後の店舗にも、その姿を確認することは出来なかった。
手元の時計に目をやると、深夜1時優にを回っていた。
どっと疲れが全身を襲う。
しかし、不思議と心は晴れやかだった。
出来ることはやった。
故人も責めはしないだろう。
よし、帰ろう。
そう思って店を出て、駐車場に向かう。車のキーを回し、ギアをドライブに入れたその瞬間・・・
「みんなでたむけて欲しいんだ」
そんな老人の声が、確かに聞こえた気がした。
思わずギアをパーキングに入れ直し、エンジンを切る。
一息ついてからふと助手席の窓越しに外に目をやると、向こうから何かを探す仕草で走って来る店員の姿が見えた。
ドアを開けて外に出ると、安堵した表情の店員が小さくため息をつく。

嬉しくて思わず飛び上がってしまった。
何気なく事情を話した店員が、機転を聞かせて周りの店舗に確認の電話をしてくれたのだ。
丁寧にお礼を言って、店に急いだ。
大急ぎで目的の店に駆け込むと、確かにボンタンアメは陳列棚に並んでいた。

大慌てでレジに持っていこうとして、既にレジで取り置いていてくれていることを思い出す。
レジには私の注文通り6粒入りのボンタンアメが9箱用意されていた。
本当は49日まで一日一粒で49粒用意しようと思ったのだが、6粒入りの箱しかないのだから仕方ない。
6粒 × 9箱 = 54粒
5粒は私からのサービスだ。
(というか正確には全部サービスなのだが・・・)
店員は無造作にボンタンアメをレジ裏から取り出し、会計を始めた。
事情は知っているはずなのだから、もうちょいこう・・・温かみのある対応というか・・・
そんな不満があったのは事実だが、贅沢は言っていられない。
置いておいてくれたことだけでも、感謝しなければならない。
私が大事に包を抱え、軽やかに店を後にした時には、時計はなかなかの時間を指していた。
空に向かってそんな悪態をつきながらも、どこか顔はほころんでいたに違いない。
翌日の故人様との最後のお別れ「お花入れの儀」で、私が遺族に差し出したボンタンアメに、会場が大きく湧いたのは言うまでもない。
悲鳴にも似た遺族の歓声と、ひときわ大きくなる泣き声を背に、
そう、小さく悪態をついてみせた。
そうでもしないと、思わずもらい泣きをしてしまいそうだったのかも知れない・・・
(ありがとう・・・)
遺体の口元がそう言って、一瞬ほほ笑んだような気がした。
「みんなでたむけて欲しいんだ」
あの時確かに聞こえた気がした声が、一体何だっかのかは正直分からない。
空耳と言われれば、そうなのかも知れない。
しかし、私の心に残る「ボンタンアメ」の思い出と、不思議な力が引き起こした、小さな奇跡を、タダの偶然として片付けてしまうのは、いささか味気ない。
こんな霊なら悪くない。
ふとそんな思いがよぎったが、いやいや、毎回これではこっちの身がもたない。
やはり金輪際、霊からのリクエストは御免こうむりたい・・・というのが本音といったことろだ。