我々にとって一体仏とは何であろうか?
『困った時の神頼み』とは言っても、『困った時の仏頼み』とは言わない。
その訳をご存知だろうか?
我々にとっての仏様という存在について迫る。
人は死後四十九日かけてあの世へ旅し、成仏、つまり「仏に成る」とされる。
祖母の葬儀で母が『おばあちゃん、成仏してくださいね』と言った。
祖父の葬儀で僧侶が『おじいちゃんは、仏様になるんだよ』と言った。
しかし、我々にとって一体仏とは何なのであろうか?
とある高名な僧侶に、意地悪な質問をしたことがある。
先生方がよく、仏になる、仏になるとこうおっしゃいますが、一体我々にとって仏とは何でしょうか?
大願を成就するとか悟りを開くとか、そういった小難しいことは置いておいて、私のように頭の悪い人間にもわかるようにご説明いただけませんか?
その時、お答えをいただいた事である。
『困った時の神頼み』という言葉があるように、実は困ったっ時に真っ先に助けてくれるのは、神様の役目なんだそうだ。
言われてみれば『困ったときの神頼み』とは言うが、『困ったときの仏頼み』とは言わない。
それでは『仏』とは何ぞやと申しますに・・・
いつも一番近くで、じっと見守ってくださる存在・・・
それが仏様なんだそうだ。
我々が、心のどこか、頭の片隅でいつも故人を思っている様に、
故人もまた、我々のことを一番近くでじっと見守ってくださることだろう。
残念ながらお姿こそ、ご一緒すること叶わなくなっても、故人はいつも我々と共にあります。
故人の思い、存在を身近に感じながら、思い出を胸に、この世で残された一日一日を大切に過ごしていきたい。