先日、第47回の紅白歌合戦出場メンバーが発表になった。
和田アキ子などの大物演歌歌手が落選する一方、デビュー1年の欅坂46が初出場を獲得。凋落著しいAKBグループを尻目に、姉妹グループの乃木坂46と共に、改めて坂グループの勢いを示した。
ところで欅坂46といえばデビュー曲【サイレントマジョリティー】が大ヒット。次いで発売された2ndシングルが【世界には愛しかない】という楽曲だ。
このタイトル、私にとっては少し考えさせられる内容だった。
人は死後一体何処へ向かうのだろうか。
あの世・天国・極楽・浄土・・・
地獄ではない死後の世界には宗教によって様々な呼び名があるが、大きなくくりでは「ここ(地球の大地)ではない、どこか遠い所にある素敵な場所」ということだろう。
仏教に限らず、キリスト教にしろイスラム教にしろ、基本的には宗教とは死後から始まる素晴らしい世界についての概念を持っている。
いや、その概念こそが【宗教】の本質であり、人類史上最大の悩み事といっても過言ではないだろう。
だからこそ普段は宗教への関心が薄い日本人と言えども、誰もが死を前にすると本気で彼の地への往生を祈らずにはいられないのだろう。
しかし、死後の素晴らしい世界への考え方は、少々穿った見方をすれば、この世への諦めと取ることもできる。
仏教ではこの世の最大の苦しみを「四苦」と説く。
生老病死、つまり生きる苦しみ、老いる苦しみ、病の苦しみ、死ぬ苦しみ・・・
この世はどうせ苦しみの世界なのだから、早く命の輪廻の輪から抜け出し、苦しみから解放されよう。
また、キリスト教やイスラム教では、人類は最後の審判で天国行きと地獄行きに分けられ、天国行きの人間は永遠の幸せを、地獄行きの人間は永遠の苦しみを味わうとされる。
宗教とは基本的には現世利益ではなく、来世利益を説くものと言えよう。
しかし、仏教にはもうひとつ面白い考え方がある。
確かに阿弥陀如来の治める人気ナンバー1の極楽浄土は、死後の世界だし、薬師如来の治める東方浄瑠璃世界もまた然りだ。
仏教の開祖釈迦は諸仏の仏国土の遥か彼方にある、無勝荘厳国(むしょうしょうごんこく)という浄土に住んでいる。
しかし、釈迦にはもうひとつの浄土がある。それが霊山浄土(りょうぜんじょうど)だ。
霊山とは釈迦が法華経などの非常に重要な教えを説いたインドの霊鷲山(りょうじゅせん)から来ているのだが、簡単に言えば、釈迦が教えを説いたその地、つまりこの地球こそが浄土になるという考え方だ。
また真言宗の教主大日如来の浄土は密厳浄土(みつごんじょうど)と言う。
その地はどこか遠い場所にあるのではなく、この一見穢(けが)れたこの地こそが、密厳浄土になりゆく地だと説く。
死後遠く離れた彼の地へ赴くとする来世利益の概念とは、かけ離れた考え方のように思える。
それにしても、この世が浄土?
一体どういうことなのだろうか?
大小さまざまなれど、誰の心の中にも「仏」が存在する。
電車で高齢者に席を譲る。道端のゴミを拾う。
どんな些細なことでも構わない。
釈迦の説いた善行を心に刻み、小さな功徳を積み重ねることで、昨日より今日、今日より明日、明日より明後日・・・自らの中の仏が少しずつ大きくなっていく。
やがてそれが等身大の仏となる。
これがひとりの仏の誕生というわけである。
要するに我々みんなが自らを仏だと、自覚することができるまでに、自分自身を高めることができれば、仏で溢れたこの地がそのまま浄土となるということだ。
う~ん・・・分かったような分からないような・・・
なんだかすっきりしない気分。
そんな時に知ったのが欅坂46の「世界には愛しかない」だった。
まさにこれぞ仏国土の概念の象徴たるタイトルのように思えた。
ちなみに歌の内容についてはよく知らない。だが10代・20代のアイドルが歌う歌だから、宗教観についての歌の訳はない。おそらく青春の恋愛などについての内容だろう。(知らんけど・・・)
話を元に戻すが、歌っている人間や歌詞は一旦置いておいたとして、もし世界に愛しかなくなったらどうだろうか?
それは仏だけの国、つまり仏国土以外のナニモノでもなくなるのではないだろうか?
霊山浄土 = この地 + 愛しかない世界
そんな仏教の教えが、いっぺんに頭に入ってきた瞬間だった。
欅坂46のメンバーにも秋元康にもそんな思惑は毛頭なかっただろうが、何はともあれ私の頭のモヤモヤを一瞬にして取り払ってくれた楽曲に感謝!
でも・・・
世界には愛しかないの【愛】が100%自己愛だったら、それは「浄土」じゃなく、「地獄」だろうが・・・
(久しぶりの更新で何言ってるんだコイツ?って思った方、申し訳ありませんm(_ _)m)