軽井沢スキーバス転落事故
死は突然やってくる!
「激安スキーツアーバス転落!大学生ら14人死亡!」
今日もTVから悲しいニュースが流れて来る。10人以上が死亡するバス事故は、1985年1月に長野県で起きた犀川スキーバス転落事故(25人死亡)以来の惨事だそうだ。
葬儀屋の職業病だろうか?
こうした死亡事故や事件を見るとつい余計なお世話と知りつつも、
遺体の損傷はどれ程のものだろうか?
遺族はキレイな顔の故人と最後のお別れが出来るのだろうか?
担当する葬儀屋は何処だろうか?
誠心誠意故人のお見送りをしてくるれだろうか?とあれこれ考えてしまう。
そんなことを考えていると、突然その葬儀の担当をすることになり、食べかけのラーメンを吹いてしまった苦い記憶もあるのだが。
長距離バスを使ったスキーツアーと聞けば、ある程度利用客の年齢は察しが付く。
バス事故で亡くなった14人のうち、運転手2人を除く12人はいずれも19〜22歳の大学生だった。また、乗客39人のうち大学生が32人と8割以上を占めた。東京出発のバスだったため、首都圏の大学に通う学生がほとんどだ。
案の定犠牲者の中心は大学生だったが、分かってはいても、TV画面に映し出される死亡者の年齢を見るにつけ、早すぎる死にショックを隠しきれない。
読売新聞
思えば葬儀屋として、多くの人々の死を見送ってきた。
事故死、病死、自殺、時には殺人まで、あらゆる原因、あらゆる性別、あらゆる年代・・・
どんな死因で亡くなった、どんな人間であっても、残された者にとっては身を切る程の悲しみには違いないが、若い世代が「行ってきます!」と家を出たきり、生きて戻らなかったケースの衝撃はひとしおだ。
死因が自殺にしろ、事件事故に巻き込まれたにしろ、遺族にとっては長きに渡る地獄の始まりでしかない。
そうした地獄の始まりを、私は幾度となく目の当たりにしてきた。
しかしだからと言って、突然振り下ろされる死神の鎌に、我々は有効的な「何か」を持ち合わせている訳ではない。
勿論我々は過去の膨大な犠牲の上に、多くのことを学び取り、新たなる犠牲の抑制に努めてきた。
しかしながら以前として、死するには早すぎる愛する者との突然の別れが無くなることはない。
考えれば考えるほどに、我々はあまりに無力だ。
そう言えば葬儀屋になってたったひとつだけ分かったことがある。それは『死は何も選ばない』という辛い現実だ。
人はいつかどこかで必ず死ぬのだから、死は人を選ばない。場所も選ばない。性別も選ばない。勿論人種も選ばない。
それは誰もが分かっている。
しかし、平均寿命の半分も生きていない人間の中で、明日自分は死ぬかも知れないと本気で恐怖する健康な若者がどれ程いるだろうか?
スキーツアーのバスが崖から落ちて、大学生が亡くなったと聞いても、所詮は他人事だ。特別な世界であって、まさか自分はそうはなるまい。自分にとって死はまだまだ先の話。
誰もがそう思っているはずだ。
しかし現実はそうではない。死は人もそして時も選ばない。
私は平均寿命の半分も生きていないし、大きな病気を抱えている訳でもないが、もしかしたら明日朝目覚めないのではないか?そんな不安で眠れなくなることがある。
それは商売柄、死の現実に気付いたからこそのこと。
結局我々はいつ訪れるとも知れない死の恐怖に怯えながらも、1日1日を精一杯生きていくしかない。
死者は今日もTVからその現実を静かに訴えている。
軽井沢スキーバス転落事故
15日午前1時55分ごろ、長野県軽井沢町の国道18号「碓氷(うすい)バイパス」入山(いりやま)峠付近で、スキーツアー客らを乗せた貸し切り大型バスが対向車線側のガードレールをなぎ倒し、約3メートル下に転落して立ち木に衝突した。
乗客39人と運転手2人の計41人が乗っており、運転手2人を含む男性9人と女性5人の計14人が死亡。2人が重体、24人が重軽傷で病院に搬送された。
バスは事故直前、蛇行していた可能性があることが乗客らの証言で判明。車外に投げ出されたり上半身などが車外に出たりした状態の遺体も多く、県警軽井沢署捜査本部は何らかの原因でバスがかなりの速度になっていたとみている。