【昔はテレビドラマも寛容だった】反町隆史主演のGTOを見て感じた違和感

10数年ぶりにGTOを最初から全部見た。

【昔はテレビドラマも寛容だった】反町隆史主演のGTOを見て感じた違和感
(『GTO』(ジーティーオー)漫画 藤沢とおる)

EXILEのAKIRA主演の方では無い。1998年に放送された反町隆史主演の方だ。

AKIRA主演のリメイク版も嫌いではないが、私の世代にはやはり「鬼塚英吉=反町隆史」の図式がしっくりくる。

いつ見ても面白いドラマだが、改めて見返してみると、ひとつ発見があった。

何と出演者がセリフを噛み倒しているではないか。

特に松嶋菜々子(冬月梓役)の噛み倒し具合といったら半端じゃない。

これでもかと言わんばかりの噛み倒し具合に、これぞ「神倒し」と思わず突っ込んでしまうところだった。

面白いのはそうした場面がOKシーンとして、そのまま放送されているところだ。

予備校で生徒の菊池を待っている間に、反町隆史(鬼塚英吉役)と激しく言い争うシーンがある。

あまりの噛み具合に本人でさえ半笑いになってしまう場面なのだが、カットがかかることが無く、ドラマは続いていく。

色々な意味で実に興味深いシーンだ。(第2話)

改めてこの時期のドラマをいくつも見直した訳ではないが、他の作品にも少なからずセリフに対して寛容な空気が見て取れる気がする(もっとも演者のスキルによるところは大きいが・・・)。

それに対してAKIRA主演のリメイク版は、セリフを噛むシーンはほぼ無い。

勿論全てNGシーンとして取り直しされた結果だが、このドラマに限らず、セリフを噛んだら取り直しをするというのは、今や一般常識だろう。

そう言った意味では今のドラマは完成度が高い。

堺雅人の様に長いセリフがミスなく連発されるくだり等は、実に小気味良い。

だが寛容な心をもって眺めてみると、セリフをかむのもそれで人間味があって面白い。

実際のコミュニケーションでは、誰かが噛むことなどそれ程珍しいことではない。

セリフを噛むところも含め、人間味溢れる松嶋菜々子の演技は、実に感情がこもっていて素晴らしい。

そうした観点から眺めてみると、心なし昔のドラマの方が演者達が伸び伸びと演技をしている様に感じる。

肩の力が抜けているというか、実に自然体だ。

即座にネットで叩かれる心配がないことも含め、何事もに対しても細かいことは気にしない大らかな文化があったことは確かだ。

そうした時代の文化が、こうしたドラマの片隅にも垣間見れたことが実に面白い。

長所と短所は表売一体だ。良く言えば「大らか」、悪く言えば「ルーズ」となる訳だが、その線引きは実に難しい。

普通電車の中でもたばこが吸える環境などは、「ルーズ」として改善対象とするのは問題ないが、あまり締めつけを厳しくしすぎるのは如何なものか?

ネット批判や何かにつけてクレームを付ける「モンスター○○」、はたまた自らを縛る無数の規制と言う名の檻。

それは余裕をなくし、大らかさを忘れた現代社会が生み出した負の産物なのだろうか。

古き良き時代の大らかさがふと懐かしく感じられた、そんな瞬間だった。

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